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人通りの少ない、田舎の町。
雪も全然珍しくない、そんなところで俺は静かに暮らしている。
雪は夜のうちに降った。
今朝目を覚ますと、外は一面真っ白だった。
雪は雨とは違い音を立てず静かに降るから、家の中にいると気づかない。
さっき言ったように、この町で雪なんて全く珍しくない。
なのにどうしてだろう…
小さな子供は、雪が降ると必ずはしゃぐ。
そう、雪乃も、そんな子供のようにはしゃぎまわっていたっけ…。
俺は学校までバスで通っている。
でも、雪の日はダイヤがめちゃめちゃだから、1時間早く家を出て学校に行く習慣があった。
実はそれも、全部雪乃の影響で、いつの間にか染み付いたものだ。
こうやって雪で真っ白になった道に2人で足跡を作りながら、ゆっくりゆっくり学校の向かうのだ。
でも、今日は初めて1人で歩いた。
そのせいだろう、見慣れたはずの道も、なぜか新鮮に見える。
(染み付いた事ってなかなか離れないんだな…今1人のはずなのに、こうして歩いて学校行くなんて。)
別にバスだって動いていないわけじゃないのだ。
1人になってしまった今、歩いて学校に行く理由は、ない。
そう思いつつも、自然とバス停を通り過ぎて行った自分に、少しだけ腹が立った。
こうして歩いているうちに、俺はいつの間にか学校の門の前に立っていた。
教室に入る、まだ数人しか来ていないようだ。
荷物は置いてあるのに誰もいない。
俺は窓にもたれかかり、真っ白な校庭を眺めていた。
1年の連中だろう、8人の男子達が楽しそうに雪合戦をしている。
(なんだあいつら。いい年して…。)
冷めた瞳で彼らを見ていると、教室の戸が開いた。
「あれ?永瀬早いね。おはよう。」
「ああ、橋本。おはよう。」
クラスメイトの橋本だった。
彼女は雪乃と仲がいい、親友だという。
「やっぱり、バスで来たの?」
「…いや、歩きだけど…。」
「え…それにしても早くない?」
橋本は、俺の雪の日の登校状況を知っている。
雪の日は雪乃と歩いて来ることも、決まって時間ぎりぎりになってしまうことも…。
「1人だからだろ、多分…」
雪乃に合わせると必ず遅くなる。
わざわざ新雪を踏んで進むから…。
遅刻ぎりぎりで門立の生徒指導に怒られるのも、割と有名なのだ。
「今生徒会室から1年生が雪合戦してるの見えたんだけど、なんだか雪乃みたいだなって思っちゃった。」
…女って、どうしてこうおしゃべりなんだろうと思った。
少し不機嫌になってきた。
橋本は俺の気分を表情で感じ、慌てて口をおさえた。
「ご、ごめ…」
「風あたってくる。」
俺はそのまま静かに教室を出て行った。
「あれ?浩司じゃん!」
中庭の見えるバルコニーでぼーっとしていた俺に声をかけたのは、中学からの友人の神田宏人だ。
「あぁ、早いな。こんな日でもサッカー部は朝練か?」
「そうなんだよ、いいよなぁ陸上部は休みで。」
宏人はつまらなさそうに口を尖らせて言った。
「で、なんでこんなくそ寒いとこでたそがれてるわけ?」
「お前の女がうるさいんだよ。」
宏人は首をかしげた。
「…誰のことだ?」
「橋本」
「はぁ?なんで夕華が…」
宏人と橋本は幼馴染だ。
橋本がやたら宏人の世話を焼きたがるので、みんなにひやかされている。
宏人がつかみかかってきた。
「わ、悪かった。」
「ったく…で、夕華に何言われたんだよ。」
宏人は俺の胸倉をつかんでいた手をはなして言った。
「雪乃の話。」
「…全く、あの野郎は浩司にまでいらん世話焼きやがって。」
イライラしながらちらと時計塔を見た。
「やべっ!また怒られる!」
慌てて手にした荷物を持ち直した。
「ま、あんまり気にするなよ。あいつ、星と仲よかったし、忘れられねぇんじゃねえの?お前みたいにさ。」
宏人はそう言って俺の肩を軽く叩き、部活に戻って行った。
(……忘れられない、か。)
これ程何かを引きずったことはなかった。
17年間生きた中で、1番大きな出来事だったのかもしれない。
そして、これ程自分が嫌になったのも初めてだった。