男の戦い





「…知ってたか?」

 

人の少ない下士官食堂で、チャンドラが囁き声でパルに話し掛けた。

 

「?なんだ?なんでそんな小さい声で

「今日トノムラが動くらしいぞ。」

 

最初は不思議そうにしていたパルも、この一言で目を見開いた。

 

「動くってアレか?」

「そう、アレ!」

 

何やら通じたらしい2人。

話に出てきたトノムラは、現在シフトでCICにいる。

 

「い、今2人きりじゃないのか!?」

「そうだな。俺もハウもアーガイルも休憩だし、確か艦長はシフト中、操舵はケーニヒだ。」

「少尉、休憩中?」

あぁ。」

 

チャンドラとパルは少し青ざめていた。

 

 

その頃ブリッジには、マリュー、トール、カズイ、そしてCICにトノムラとナタルがいた。

敵戦力からの攻撃もなく、平和な雰囲気がある。

しかしCICは、ナタルがいるだけでピリピリした空気が漂う。

今日も例外はないが、1つ違うところがある。

ナタルから発っせられる緊張感よりも、トノムラから発っせられる空気が重い。

 

なにかしら下から重い空気が流れてくるわ。)

 

艦長席に座るマリューは、足元からくる変な空気に気付いた。

ナタルをみても、いつものように真剣な顔をしているだけ。

ちらりと、その近くをみる。

 

(トノムラ軍曹?)

 

ようやく空気を張り詰める正体に気付く。

しかし、一体何が原因なのかはわからない。

 

「な……バジルール中尉。」

 

マリューは下を向き、ナタルに手招きをした。

ナタルは首を傾げたが、敬礼を返しブリッジに上がる。

 

「なんでしょうか、艦長」

「トノムラ軍曹、どうしたのかしら?」

 

周りに聞こえないようにそっと耳打ちする。

言われたナタルは、わけもわからず首を傾げた。

 

何がですか?」

(う、最も近くにいるのに何も感じてないの?!さすが天然………

 

マリューは思わず面食らった。

 

「変なオーラが出てるのよ。」

「??はぁ。」

 

これ以上言っても無駄だろうなそう判断したマリューは、ナタルの肩をポンポン叩いた。

 

「あなたが気にしてなきゃいいの。悪かったわね、変なことで呼んで。」

 

ナタルは不思議な顔のままCICに戻っていった。

 

(…トノムラの空気)

 

ナタルがそっとトノムラの方を向いた時、バチッと目が合った。

 

「中尉。」

 

その瞬間、トノムラの口が開く。

確かにいつもと違う、かなり真剣な目だと思った。

 

「なんだ、トノムラ。」

……今夜空いてますか?」

 

いきなりの夜の誘い。普通の女性なら警戒するだろうが、ナタルは特に何も思わず頷いた。

 

「あぁ。今日は特に書類もないし、処理するものもない。」

「話があるんですが。」

「今じゃダメなのか?」

「ダメです。」

「…誰もいないじゃないか。」

 

どうやら何か気になり、すぐに聞きたいらしい。

しかし、トノムラは段々険しい顔つきになってきた。

 

「だ・め・で・す!!!」

 

いつもより強気な態度に、ナタルは思わず一歩下がり、つい頷いてしまった。

 

「わ、わかった…。」

「よろしくお願いします。」

 

そう言って、トノムラはすぐに椅子を元に戻した。

 

(変な空気というより、随分強気…)

 

ナタルはどこか納得いかないまま席に着いた。

 

 

ようやく職務も終わり、ナタルは部屋に戻る。

 

(っと…トノムラがくるんだっけ。)

 

しかし、すぐには来ないと言っていた。

ナタルはすぐにシャワールームへ駆け込んだ。

 

 

「お、トノムラ、ごくろうさん」

 

交代でブリッジに向かっていたノイマンが、目の前からやってくるトノムラに声をかける。

その瞬間、トノムラはにやっと笑い、小声で言った。

 

「そろそろ、前に行かせてもらいますから。」

「は?なんだ?」

「俺、今日中尉をいただきます。」

「!!!!!????」

 

ノイマンは絶句した。

 

「い、いただっくって!?なんだ、どういう意味だ???!!!」

「そのままの意味で。」

 

トノムラは呆然とするノイマンの肩をポンポン叩いた。

 

「と―!!」

「ノイマンさん、シフトの時間ですよ?」

 

ニヤニヤと勝ち誇った顔で手を振りながら歩くトノムラを、ノイマンは黙って見送るしかなかった。

 

 

―コンコン―

 

トノムラはナタルの部屋の扉をノックする。

 

「中尉、トノムラです。」

「あ、ちょっと待ってくれ。」

 

ナタルはまだアンダーシャツだった。急いで軍服を羽織った。

 

「すまん、シャワーを浴びていたから…」

 

出てきたナタルはスッピンで、トノムラは少し戸惑ってしまった。

 

(キツめのメイクの下にはこんな宝石が隠されていたんだな…)

 

なかなかキザな台詞を心の中で呟きながら、瞬時に深呼吸をし、真剣な眼差しでナタルを見つめた。

 

「中尉、俺は、あなたのことが好きです。」

 

唐突だった。一瞬何を言われたか理解できず、ナタルは呆然とトノムラを見ていた。

 

「…あなたと特別な仲になりたいんです…」

 

いきなり暴走しているトノムラ。じりじりとナタルを壁へと追いやっている。

 

「と、トノムラ…」

 

ナタルは未だに状況が飲み込めていなかった。

ナタルの背中が壁についた、その時・・・

 

「ちょっと待てぇぇ!!」

 

突然扉が開いた。

そこには、息を切らしたノイマンが立っていた。

 

「!!??ノイマンさん!い、今勤務中でしょう?!」

 

まさか追ってくるとは思っていなかったトノムラ。あんな風に挑発するんじゃなかったと、今更後悔した。

 

「中尉!!俺はもっと以前からあなたを思っていました!!」

 

ノイマンは無断でズカズカと部屋に入ってきた。

ナタルはもうわけがわからず、おどおどしてしまっていた。

 

「ちょっと!ノイマンさんは早くブリッジに行ってください!」

「うるさい!!今はこっちが優先だ!!」

「ほぉ、わかりました!でも、決めるのは中尉ですよ!!」

「あぁ!!わかってる!!」

「ちょ、ちょっと…」

『中尉!どちらを選びますか?!』

 

ナタルの意見も聞かず、2人は強引にナタルに詰め寄った。

 

「わ、私は…」

 

ナタルが俯いた、その時…

 

「…こんなところにいたのね?ノイマン少尉…」

 

入り口から、聞きなれた声が飛んできた。

 

「!!!!か、艦長…」

 

そこには、こめかみに深い皺を刻んだマリューが立っていた。

 

「トノムラ軍曹まで、休憩中の女性の部屋になんの用かしら?」

 

明らかに怒った口調だった。息を呑む2人。

…続く言葉に、耳を疑った。

 

「人が仕事してる時に、人のものにちょっかい出すのやめてもらえる?」

 

・・・・・・・・ヒトノモノ・・・・・・・・?

 

「マリュ…あ!!」

 

ナタルは言いかけてすぐに口に手を当てた。

 

「え?あ、あの…」

「マリュー…って、呼びました?」

「あら、変かしら?恋人をファーストネームで呼ぶのって。」

『・・・・・・は?』

「その…私は…」

 

状況が飲み込めない2人の男に向かって、ナタルはもじもじしながら言葉を続けた。

 

「私はもうだいぶ前から、かんちょ…いや、マリューのものだから…」

 

その一言で、2人の戦いは幕を閉じた。

 

「さ、そういうわけだから、少尉はさっさとブリッジへ行く!!軍曹も、これ以上ナタルにちょっかい出したら艦から放り出すからね?!」

 

マリューは素早くナタルの背後に回りこみ、彼女を抱きしめ、目の前の敵を睨み付けた。

 

「ナタルもダメよ?私がいないところで襲われちゃ!ナタルは可愛いうえに無防備なんだから!!あと、スッピンも見せちゃダメ!!」

 

「ごめんなさい、マリュー…」

 

「もう、そんな顔で見ないでよ!放したくなくなっちゃう!!」

 

しゅんとしたナタルが可愛くて、マリューは思わず頬ずりした。

 

「…ちょっと、いつまで見てるのよ!早く行きなさいよ!!」

 

マリューは勢いよくドアを閉め、呆然とする2人の男を追い払った。

廊下に投げ出された2人は、黙って自分たちが行くべき方向にそれぞれ歩き出した。

 

 

「はぁ〜、艦長と中尉がデキてたのかぁ…」

「もったいないね、2人とも美人なのに。」

 

あまりのショックに、トノムラはチャンドラとパルを呼び出し、さっきの出来事を伝えていた。

しかし2人の反応はいたって普通だった。

 

「な、なんで驚かないんだよ?!」

「あ〜?いやぁ、十分驚いてるぜ?」

 

チャンドラはヘラヘラ笑って言った。

 

「まぁ、元気出してよ、トノムラ。」

 

パルは同情するようにトノムラの肩をポンポン叩いた。

 

「…2人はショックじゃないのかよ…つーか、本当に中尉見て惹かれないのか?」

「確かに美人だとは思うさ。でもなぁ…」

「俺たち背が低いから。お前はいいよなぁ、でかいから。」

「そうそう。ノイマン少尉だって、中尉より小さいって言っても1センチだろ?」

 

2人はため息を吐いてトノムラを羨ましそうに見つめた。

 

「まぁまぁ、アラスカ着いて落ち着いたら、合コンでもしようぜ!セッティングしてやるから!」

「…ノイマン少尉も、かな?」

 

 

アークエンジェルは、今日も平和です。

 

 

END

 

 

 

あとがき

 

すいませんでした。気付いたらこんなんなってました。

ナタルモテすぎです。贔屓しすぎです。ホントごめんなさい…。

トノナタ書くつもりだったんですけど、マリュナタになってしまいました。

まあ、これは下士官小説ですからね。誰か1人が幸せになるのは不公平ですから…。

あぁ、マードックしゃん…今後どうやって絡ませよう!?

 

 

 

☆おまけ☆

 

「マリュー、なんでトノムラが私の部屋に来てるってわかったんです?」

「あら、艦長席からCICは丸見えよ?もちろん声も聞こえるわ。私はいつでもあなたを見てるんだから☆」

「マリュー…」

「ん〜、ねぇ、もし選ぶとしたら…少尉と軍曹、どっちがいいの?」

「…今の私には…マリュー以外考えられません。」

「…もう!!ナタルったらぁ!!」

 

 

…ノロケ?????

 

 

 

 

 

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