TOP SECRET
その日、アーノルド・ノイマンはため息ばかり吐いていた。
人員不足、その上AAの操縦を任されている彼は、他の人間の半分以下の休憩しかもらえず、疲労もピークだった。
「休憩はいります!」
他の者が次々にブリッジから姿を消していくのを、ノイマンは不機嫌そうに見つめていた。
「ノイマン少尉」
と、背後からハスキーな女性の声がする。
「あ、バジルール中尉!!な、なんでしょうか?」
いつもの厳しい視線。もう慣れてしまった、この瞳には。
そう思いながら、彼女の目をじっと見つめ返し、敬礼をする。
「休憩をとれ。」
「…は?」
突然のことに、ノイマンは目を丸くした。
自分の今日のシフト…一日ブリッジに缶詰めだったはずだ。
「あの…自分はまだ勤務時間中で……」
「そんなことは知っている。だからわざわざ言いに来たんだろう。いいから休め」
ナタルは強引にノイマンの腕を掴み、操舵席から立ち上がらせた。
「あわわ、ちゅ、中尉…?!」
慌てるノイマンに構わず、ナタルはそのまま引きずりだした。
「では艦長、お先失礼します。」
艦長席に座っていたマリューに敬礼するナタル。
されるがままで呆然としていたノイマンも、はっとして敬礼する。
マリューはにっこりと微笑み、
「ええ、ゆっくり休むのよ。」
と言うだけであった。
「…すごい光景だな。」
CICからひょっこり顔を出しその様子を観察していたトノムラは、笑いをこらえながら言った。
「まるで尻に敷かれた新婚の旦那のようだ。」
トノムラの隣にいたチャンドラも思わず吹き出す。
「おっかない奥さんっすねぇ。」
ノイマンの隣にいたトールも会話に加わった。
「ふふ、ノイマン少尉って、ナタルの言うことには逆らえないのよね♪」
「まぁ、ああでもしないとシフト外の休憩なんて拒絶しそうですからね。」
「真面目だからね、少尉って。」
トノムラ、チャンドラは顔を見合わせて笑う。
「少尉って、中尉の直属の部下、なんですよね?……真面目なのも肯けるなぁ。」
「あら、トール君。ナタルの直属の部下がみんな真面目になるなんて、そんなことはないのよ?」
マリューは「ね、トノムラ軍曹?」と言いながらトノムラに笑ってみせる。
「そ、そりゃないですよ、艦長!!」
「やっぱり、ノイマン少尉だから真面目なんですね!」
トールが笑顔でマリューに言った。
「ケーニヒ!!」
少年兵に納得されてしまって怒ってみせるトノムラを、マリューとチャンドラは笑いながら見ていた。
その頃…
「あ、あの、中尉…。」
「なんだ?」
艦内をそのまま引きずられていたノイマンは、困ったような視線をナタルに向けた。
「シフト…」
「あぁ、ここ最近のシフトは艦長がお一人で考えていてな、確認したら、お前の名前が目立って…。
その前の私が考えたシフトとあわせてみて、これは殺人的だと思ったから、艦長と相談してケーニヒ二等兵と交換した。」
淡々と言うナタル。それを聞いたノイマンはというと…
…一気にニヤけた表情になった。
(それって、中尉、俺のこと気遣ってくれたってことだよな?!)
おそらく、「今自分に倒れられでもしたら代わりがいない」とかいう理由なのだろう。
でも、どんな理由であれ、ナタルの気持ちが嬉しかった。
「お前は頑張りすぎだから………なんだ、なにをニヤけている?」
怪訝そうなナタルの視線に気付き、我に返るノイマン。
そして、理由のわかった今、このまま引きずられていくのは情けない。
「い、いや…あの、中尉、その…一人で歩けるんで…」
「あ…そうだな、すまん。」
恥ずかしそうに頬を赤らめるナタルが可愛らしく思えて、ノイマンの身体は一気に力を失った。
と、同時にナタルの手がノイマンから離れた。
「へ?…うわっっ!!」
「!!??ノ、ノイマン少尉!?」
タイミングが悪かった…。ノイマンは勢いで尻餅をついてしまった。
(な、情けない…)
痛みと情けなさに涙目になり、尻を擦りながら立ち上がろうとすると、不意に腕を掴まれた。
「す、すまない…いきなり手を離してしまって…」
ナタルが申し訳なさそうに立ち上がる手伝いをしてくれた。
「い、いえ!自分がボーっとしていたのが悪いんで…」
「いや、今は気を抜いた方がいい。…あ…」
ナタルの視線は、ノイマンの尻にある。
ノイマンはナタルの顔がみるみる赤くなるのに気付き、視線を落とす…
「?????!!!!!」
なんと、あの尻餅でズボンが少し擦れていた。
「は、はははは!こりゃ直さないと…」
「…………」
気恥ずかしさに笑ってみるものの、ナタルの顔が曇っていくのに気付くと、
慌てて姿勢を直した。
「で、では、自分は早々に部屋に戻らせていただきます!お心遣い感謝します。
中尉も無理をなさらぬようっ!!!」
と、呆然とするナタルにビシッと敬礼をし、逃げるように立ち去っていった。
部屋に到着したノイマン。
尻餅、擦れたズボン…みっともない姿ばかり見せてしまったことが情けなく、
ため息を吐きながら上着を脱ぐ。
「…よりによって中尉に見られるなんて…」
誰もいない空間で一人呟き、ノイマンはシャワー室に入ろうとした…そのとき。
「しょ、少尉…」
ドアの向こうから聞き覚えのある声…
「…ちゅ、中尉…?」
声の正体に気付くと、慌てて服を着なおし、ドアのロックを解除する。
「…どうなさいました?」
ナタルはもじもじと手を動かしている。その手には、なにやら小さな箱が。
「あ、さ、さっきの…その、ズボンだけど…」
「あぁ、これ………!!!」
擦った場所を見る。…いつのまに穴になっている。しかも結構でかい…。
そこから青いギンガムチェックの柄が顔を出している。
「あ、あぁっ!」
ノイマンは顔を真っ赤にして穴を隠す。恐る恐る顔を上げると、ナタルも赤くなっていた。
「その、あれは私のせいだから…直しに来たんだ、ズボンを…」
「…へ?…あ、い、いいですよ!!そんな…中尉の休憩時間がもったいないです!そもそも中尉のせいじゃありませんから!!」
言ってみるが、そんなもので引く相手ではなかった。
「それを言うなら少尉の休憩時間も潰れてしまうじゃないか!今回は私の方が1時間長い休憩をもらっている。」
むっとした表情…なにを言っても引かないつもりだ、この目は…。
考えるノイマン。
好意を抱いている女が自分の破れたズボンを直してくれる→おいしいことこの上ない!
…しかし仮にも彼女は上司である。そんなことさせていいのだろうか…?
激しく葛藤している間にナタルが動き出す。
「いいから脱げ!!」
ここだけ聞くと、セクハラ以外の何でもない。が、他意はない。
そんなことはわかっているが、脱げと言われてこの場で素直に脱げるはずもなく…。
「わ、わかりましたよ、お願いします…けど、その…ちょっと後ろ向いててもらえませんか?」
観念したノイマン。その台詞で、自分がとんでもないことを言ってしまったことに気付き、慌てて後ろを向くナタル。
それを確認し、ノイマンは言われたとおり軍服のズボンを脱ぐ。
そのまま手渡すこともできず、手元にあったバスタオルを腰に巻いた。
「で、では…お、お願いします…」
その声を合図に振り返るナタル。ぎこちない動作でズボンを受け取る。
「…じゃあその間にシャワーでも浴びてろ…そのつもりだったのだろう?」
寝巻き代わりのジャージ、そしてタオルが置いてあるのを見、ナタルが言う。
この姿でここにいるわけにもいかないとは思うが、上司の前に寝巻きで出てきてもいいものだろうか?
黙って考えていると、心情を察したナタルが笑って言った。
「別に寝巻きでいたってかまわん。ここはお前の部屋だ。今日は特別に気にしないでいてやる。」
その言葉にほっとしてつい息を吐く。
「すいません、気を遣っていただいて…。ではお言葉に甘えさせていただきます。」
そのままノイマンはシャワー室に入っていった。
(あぁ、まさかこんな展開になるなんて…)
熱いお湯を浴びながら心の中で呟くノイマン。
扉の向こうでは、自分の想い人が、自分のために時間を割いてズボンを繕っている。
感動して涙が出そうだ。
(…そういえば、中尉って裁縫とかするんだ…まあボタン付けくらいはできるだろうけど…)
ふとそんなことを思うと、みるみるうちに顔が青ざめていく。
(で、できるのか?!中尉って料理とかできない人だよな?そんな人が穴の補修とか…できるのか!?)
ノイマンは慌ててシャワーを止めた。急いで全身を拭き、着替え、頭にタオルを乗せる。
「中尉…!!!!!!?」
勢いよく扉を開けると、そこには…
「あぁ!中尉〜〜〜!!!」
ノイマンはすぐにナタルの手を握った。
ナタルの指には、何度も針を刺した痕が…。
「す、すまない…言い出したのはいいが、不慣れなんだ、こういうことは…」
まず針に糸を通すことに苦戦していたらしい。
実に痛々しい。うっすら血が滲んでいる箇所もある。
「こんなになって…!すぐ手当てを!!」
「い、いや、いい。自分でやる。」
ノイマンが急いで手にした救急箱をひったくり、てきぱきと応急処置を始めるナタル。
(…こういうのはできるんだよなぁ…)
色々突っ込みたい気持ちを抑えて、破れたズボンを手に取る。
(…まぁ、いじられる前に出てきてよかった…と思うべきだろうか?)
裁縫道具の近くに、可愛らしいアップリケを見つけて、
もしかしたらこれをつけられていたかもしれない…と思うと、ほっとした気持ちになる。
「あ、そのクマのやつとかどうだ?お前ならウサギも似合うかな?」
ナタルがなぜか嬉しそうな声で言う。自分の顔が青ざめていくのがわかった。
「あ、た、確かに可愛いとは思いますが…一応軍服なんで…まずいのでは?」
「…冗談に決まってるだろ…。それは元から入ってたやつだ。」
心なしかつまらなそうな声色に聞こえる…が、気のせいだということにしておこう。
ノイマンは針山から一本針を抜き、いとも簡単に糸を通す。
ナタルは無言でその様子を見ていた。
「…やっぱり、不慣れなことをやるなんて言い出すものではないな…」
「いやぁ、やろうと思うことが重要なんじゃないですか?」
ノイマンの手はすいすいと穴を補修していく。
真剣にその動きを観察するナタル。
「器用だな、お前は」
感心したような、でも悔しそうな声で言う。
「ははは、まぁ一応操舵士ですからね………よし、できた!」
すっかり穴の閉じたズボンを持ち上げる。
「…私はなんのためにきたんだろうな?」
寂しそうなナタルに、ノイマンは優しい声で言う。
「自分は、自分のために時間を割こうとしてくれたその気持ちが嬉しいです。」
「…そ、そうか///」
恥ずかしそうに目を逸らしてそういう彼女が可愛かった…。
しばらくすると、二人の姿は廊下にあった。
「では、指定時間までゆっくり休むようにな。」
「はい、ありがとうございます。」
敬礼をし、ナタルはそのまま部屋に戻ろうとしたが、ふとノイマンの方に振り返る。
「暇な時、裁縫を教えてくれ。…こっそりな」
ぼそっと恥ずかしそうな声がとぶ。思わず笑ってしまいそうになる。
「極秘任務ですか?」
「…そういうことだ。」
静かに笑い、背を向けたまま手を振る上官を、ノイマンは幸せそうな笑顔で見送った。
END
あとがき
お初ノイナタ小説です。種も初。
漫画・アニメの二次創作はやったことがなかったので、すっごい難しく感じました。
…あいかわらずグダグダ、しかも無駄に長い…。
自分はAAクルーが大好きなので、ノイマンとナタル以外も無駄に出したくなります。
少年隊も好きですが、大人組みも大好き!トノムラお気に入り…すぐ思ってること口にしちゃうところとかっ!!!
下士官ラブ!…あ、パルだけいない…Σ( ̄□ ̄;)ごめん…。
子供はトールだけ出演。副操縦士だし。
ナタルさん、料理できない前提ですな…。ノイマンは良い主夫になりそうです。
☆おまけ☆
(…惜しかったな、あのアップリケ、可愛かったのに…とくにウサギが。……裁縫習ったら、あれつけてしまおうか…?)
一人廊下を歩きながら、そんなこと考えるナタルであった…。
…つけたかったのね、ナタルさん…。