19.ファーストネーム
俺とナタルが特別な関係になって、もう数ヶ月。
いつもキリッとしていて全く隙が無いようにみえるが、実はとても可愛らしい女性だと知っているのは、俺しかいないだろう。
今日も温かいコーヒーを入れて俺を待っていてくれている。
最初は硬かったが、今では2人きりになると優しい微笑みや照れくさそうな表情、とにかく色んな面を見せてくれる。
その変化が俺にとってどれだけ嬉しいことだろう。
しかし人間は欲深いもので、1つ手に入るともっともっと欲しくなるのだ。
「ノイマン、明日のシフトなんだが…」
2人きりの部屋の中で、彼女はいつもと同じ口調で1枚の紙を俺に見せる。
特に変わったことはない。いつもの光景。
変わらないことはいいことなのだが、変わって欲しいこともあるもので…。
返事を忘れてぼーっとしていると、ナタルは怪訝な顔で俺を覗く。
「ノイマン、どうした?」
「いや…」
ナタルの顔をジーっと見つめてみた。ナタルは少し頬を赤らめている。
「な、何かついてるか?」
顔に手を当てながら慌てる素振りも可愛らしい。こんな姿、人には見せたくないな、と思う。
彼女の仕草に自分の考えが別の方向に行きそうになったことに気づく。
そう、今日こそ言っておかなければいけない。
「なんで『ノイマン』なんだ?」
一瞬の沈黙。ナタルは瞬きを繰り返している。
そんなに変な質問だっただろうか。
そう、俺たちは恋人同士。
仕事中や公の場では当然「ノイマン少尉」と「バジルール中尉」の関係だ。
でも、今は2人きりの空間で、2人きりの時間。
俺は当たり前のように「ナタル」と、彼女のファーストネームを口にする。彼女もそれを咎めない。
この時2人の関係は「少尉」と「中尉」ではなく、「アーノルド」と「ナタル」なのではないだろうか…?
以前から思っていた。なぜ、ナタルは俺のこと「ノイマン」と呼ぶのだろうか。
「ノイマン、ではおかしいか?」
残念ながら俺の心理は伝わっていないらしい。まぁ、彼女らしいといえばらしい。
「いや、今俺は君の部下じゃなくて、君の恋人…なんだよな?」
「え、あ…あぁ、そうだが…。」
「じゃあ『ノイマン』じゃないだろ…」
ここまで言ってようやく言いたいことが伝わったようで、ナタルの表情に変化が現れた。
さっきまでの怪訝な表情が、みるみる赤くなる。
「だ、だって!ノイマンはノイマンだろう?!」
決して間違ってはいないのだが…。こう言われるとどう答えようか悩む。
「じゃあ俺は『バジルール』って呼ぶべきなのか?ちょっと言いにくいな…」
「え?!いや、その…」
面白い反応が返ってくるので、俺の悪戯心に火がつく。ちょっとからかってみることにした。
「結婚すればナタルだってノイマンになるし、婿養子になったら俺はノイマンじゃなくなるぞ?」
「〜〜〜」
完全に俺のペースにはまっていくナタル。やっぱり可愛い女性だと思う。
観念したようで、そっと俺から目を逸らし、真っ赤な顔で口を開いた。
「ファ、ファーストネームって…なんだか照れくさくて…。」
「照れくさいって。誰も見てないんだから、恥ずかしがることないんじゃないか?」
「いや、その…私の中でノイマンは、どうしてもノイマンで…」
「…ごめん、ちょっとわからなくなってきた。」
確かに自分は「ノイマン」に違いないのだが、ナタルの考えを聞きたくなったので聞いてみることにする。
ナタルは手をこそこそ動かしながら、俯き気味になった。
「自分でもよくわからないんだが、私が好きになったのは、やっぱり部下であるノイマンだから、かな?」
どう捉えていいのか正直わからなかった。
ナタルが好きなのは、部下としての俺で、それ以外はもしかして違うのだろうか?
俺の眉が歪んだのに気づいたのか、ナタルが慌てている。
「部下としての俺が好きなのか?」
「違う!!え〜と、上手く言えないんだけど、部下として自分を支えてくれたお前を好きになったから…」
「だから?」
「2人でいる時も、いつまでも部下としてのノイマンと過ごしてる気持ち、なのかも…」
「なのかも、って…」
ナタルの言いたいことはなんとなくわかった。
俺はずっと、部下として彼女のそばにいて、それが彼女の気持ちを変えた。
だから、部下としての俺といるのが、今の彼女にとって1番安心するのだろう。
少し複雑だが、悪い気はしなかった。
彼女の言う「部下としてのノイマン」は他の誰でもない、やっぱり俺自身だから…。
俺を好きでいてくれていることに変わりないってことだ。
ナタルの表情に不安の影が見える。もしかしたら怒らせたのかもしれない、とでも思っているのだろう。
とりあえず、誤解だけは解いておこう。
「理由はわかった。でも、いつまでもそれじゃあなぁ…。」
「す、すまん。」
「少しずつでいい。部下じゃない俺にも慣れてもらわないと、部下じゃなくなった時困るだろ?」
「え?」
「だから、結婚したらナタルがノイマンになるか、俺がノイマンじゃなくなるかだろ?」
「う、うん…」
「でもベッドの上ではたまに呼んでくれるような…。あ、そうか、その時の俺は部下じゃないってことか?」
「ば、馬鹿者///」
抱きしめようと背中に手を回すと、腕の中から逃げ出そうとする。
これも照れだって知っている。余計に力が入って、完全に捕まえた。
「今日から1回は『アーノルド』って言うこと。わかった?」
「…うん。あ、アーノル、ド…」
「そう、それでいいよ。」
まだまだ慣れるのに時間がかかるかもしれない。
でも、焦らずにいこう。
2人の時間は、まだ始まったばかりだから。
END
あとがき
だんだんノイマンの口調が男らしくなっていくような気がします。アニメのノイマンって意外と男らしいですよね。
逆にナタルがどんどん乙女になっていきます。難しいなぁナタル!!
さて、今回は「ファーストネーム」ということですが…なんとかお題っぽく書けたかと思います。
今まで書いた話もそうですけど、ナタルは「ノイマン!」って言ってますね。
ナタルだけじゃないですが、ノイマンはノイマンですよね。呼び方。
そう言われれば、トノムラもチャンドラもパルもマードックもそうですよね。
ファーストネーム知らないって人も多いですよね、下士官ズ…。もちろん自分はみんな好きなので言えますよ!
たまにカズイのファミリーネームを忘れますが…(笑)
また時間あいちゃいましたが、これからもボチボチお題埋めたいと思います。
次は何にしようか、もう決めてるので早速取り掛かります!
どんどんやらないと、全部リハビリ文になっちゃいますし。